盆踊り【旧盆特集-6-】
2023年07月25日
こんにちは、マルキヨ製菓広報担当の仲宗根です。毎日、元気な蝉の声が聞こえてきます。そして、1週間後はもう8月に突入しています。旧盆という大きな行事は確実に近づいていますので、今日もその準備で忙しくしていますよ。
毎日暑さも厳しいですが、8月になるとさらに厳しさを増すでしょう。水分補給を忘れずに、暑い夏を乗り切っていきましょう。
今回はお盆関連のお話になります。
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2023年、旧盆の日程は「新暦8月28日(月):ウンケー」「新暦8月29日(火):ナカビ」「新暦8月30日(水):ウークイ」となっています。
⇒【今年(2023年)の旧盆】
目連は死後に餓鬼道へおとされた母親を救うため、師匠である釈迦に「どうすれば母親を救えるか」を聞きました。釈迦のアドバイスとは?
⇒【釈迦の教え】
盆は中国から伝わった行事です。日本へ伝わったのは今から1400年以上も前の飛鳥時代です。
⇒【盆は中国から伝わった】
「エイサーの祖」と呼ばれる袋中上人(たいちゅうしょうにん)は、福島県出身の僧。エイサーのルーツは、福島の「じゃんがら念仏踊り」にありました。
⇒【袋中上人】
「エイサー」という言葉は、念仏歌謡の中に出てくる囃子詞(はやしことば)「エイサー、エイサー、ヒヤルガエイサー」から来ていると言われています。
⇒【エイサー】
「踊り念仏」から「念仏踊り」へ
お盆の時期、沖縄ではよくエイサーというダイナミックな踊りを目にする事が多いですが、それとは違う「盆踊り」も踊られる事があります。エイサーに比べるとゆったりしたリズムで、振り付けもスローな感じがする踊りです。
特に本土ではお盆の時期に踊ると言えば「盆踊り」になります。エイサーだとパーランクーという打楽器を持って踊ったりしますが、盆踊りは何も持たず、あるいは団扇など簡単なアイテムを手にして踊ったりします。
浴衣を着た人達が、やぐらを中心に盆踊りを踊る姿は夏の風物詩と言えるでしょう。エイサーも盆踊りも、音楽に合わせて踊ることが共通点の1つ。エイサーほどのダイナミックさはないものの、盆踊りも曲に合わせてゆったりと踊ります。
そんなゆったり踊る盆踊りですが、当初はエイサーとはひと味違った激しい踊りだったというお話をしましょう。
「盆踊り」の起源をたどると、平安時代の「踊り念仏」にたどり着きます。「踊り念仏」とは、踊りながら太鼓や鉦(かね)を打ち鳴らして念仏を唱える事で、その起源は平安時代の空也(くうや)という僧が始めたものと言われています。
空也は平安時代の僧で、今から1000年以上も前、西暦900年代に活躍した人物です。「南無阿弥陀仏」とひたすら唱えながら諸国を巡り、橋を架けたり道を開いたりなどの社会事業を行っています。
ただ、空也に関しては資料が乏しい事もあり、「踊り念仏」を創始したという確かな記録はないそうです。しかし、この「踊り念仏」を日本に広めたとされる人物はハッキリとわかっており、それは鎌倉時代の僧である一遍(いっぺん)です。
時宗の開祖である一遍は、1279年に信濃国を訪れた際、尊敬する空也に倣って踊り念仏を始めたと言われています。そして、各地に赴いて踊り念仏を行います。その際、周りの人達に「念仏札」を配りながら、「踊り念仏」を広めていきました。
激しく念仏を唱え、太鼓を打ち鳴らし、一心不乱に踊る事で集団的なトランス状態に陥ると言われる「踊り念仏」。テンションを上げまくって、独特な三昧(ざんまい)の境地に達します。そうする事で、この世の苦しみから救済されるというわけです。
一遍は「踊り念仏」の事を「念仏が阿弥陀の教えと聞くだけで踊りたくなるうれしさ」と表現しています。その喜びを激しい踊りで表現する、それが「念仏踊り」の特徴です。
この「踊り念仏」は「念仏を唱える」事がメインであり、踊りは念仏の後に続くものでした。念仏が主体なので、当然宗教面が色濃くあります。やがて時代が過ぎていくと、宗教色が薄れていき、踊る方の芸能色が強くなっていきました。
踊る際の衣装がきらびやかになり、太鼓を派手に打ち鳴らす。唱えていた念仏も歌に変わり、「念仏を唱えること」でなく「踊る事が主体」になっていきます。
「念仏を唱えること」がメインの時は「踊り念仏」と呼ばれていましたが、「踊ること」が主体になると「念仏踊り」と言われるようになります。
「念仏踊り」から「盆踊り」へ
「踊り念仏」も「念仏踊り」も、特定の時期に踊るものではありません。盆の時期に踊る事もあれば、盆とは関係のない正月に踊る事もあります。
やがて、盆の時期に踊る「念仏踊り」は「盂蘭盆会(うらぼんえ)」と結びつき、「死者を供養する踊り」として定着していきました。この「死者を供養する踊り」が「盆踊り」の起源だと言われています。
戦国時代まで時が進むと、「盆に踊る念仏踊り」が都の貴族や士族らを中心に広まっていきました。そして、徐々に一般庶民に広まっていきます。この「スタートは貴族・士族を中心に、後に庶民に広まる」は、よくあるパターンですね。
一般庶民に広まる頃には、宗教的側面はかなり薄くなっていました。戦国時代が終わって江戸時代になると、盆の時期になれば地域単位で盆踊りを踊るようになります。その踊り方も地域によって、バラエティ豊かに発展していきます。
ちなみに江戸時代の「盆踊り」は、男女が出会うきっかけの場でもあったそうですよ。当時は男女混合のイベントが少なかったそうなので、盆踊りをきっかけに成立するカップルもいたそうです。
こうして「一般民衆」が「盆の時期」に「地域の人々と踊る」事が定着していくと、それが「盆踊り」の形となり、「盆踊り」という言葉自体も広まっていきました。
スタートは1000年以上前の「踊り念仏」。時代の流れと共にその目的や形態を変え、「念仏踊り」を経て、令和の現代では「盆踊り」という形で受け継がれています。
私が子どもの頃は、エイサーではなく盆踊りのイベントもいくつかあった記憶があります。今は「盆踊り」のイベントは見なくなったように感じますが、実際のところはどうなんでしょうか。
運動量の多い「エイサー」、ゆったり踊る「盆踊り」。どちらも「踊って楽しい」し、「見るだけでも楽しい」と思います。沖縄だとエイサーがメインですが、盆踊りのイベントがあれば参加してみるのもいいですね。
マルキヨ製菓は盆踊りやエイサーの前に
しっかり旧盆の準備が出来るよう頑張ります。
今回はこの辺で。
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