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針突②

2023年10月6日

こんにちは、マルキヨ製菓広報担当の仲宗根です。最近はどんより雲は多いけど、日差しも降り注いで暑いといった感じの天気が続いています。そして時折降り出すカタブイ。沖縄はこの局所的に降る雨「カタブイ」が多く、晴れていても傘の携帯は必須です。

 

「太陽がまぶしいな」と思った10分後にはザーザー雨が降る事も珍しくないので、たとえ外出時に晴れていても、どんより雲がありそうなら傘を持って出る事をオススメします。私は何度もカタブイにやられていますからね。

 

さて、今日は「針突」と書いて「ハジチ」、その2回目のお話になります。

 

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琉球や奄美に住んでいた女性はかつて、自分の手の甲や指に「針突(ハジチ)」と呼ばれる入れ墨を施していました。約500年前にはその風習があったと言われていますが、1899年、明治政府によりそれは禁止されてしまいます。

⇒【針突①

 

ハジチは憧れの対象だった

日本が江戸時代で太平の世を謳歌していた頃、琉球の女性はすでにハジチを施す風習があったようです。1899年に明治政府はハジチを禁止、正確には入れ墨を入れる事を禁止する「文身禁止令」を出しています。

 

欧米人が入れ墨をした日本人を見てどう思うのかを気にしていたようで、ちょんまげや帯刀の禁止同様、入れ墨を禁止する事で庶民の行動を規制する狙いがありました。いわゆる「文明開化」政策の流れに乗っていたわけです。

 

「ハジチ 画像」で検索すると、いろいろな文様の「ハジチ」を閲覧できます。女性の綺麗な手に美しい文様が描かれる事で、男性からすると「その手で作られたご飯は美味しいに違いない」と思える、魅力的なものに映ったようです。

 

そして女性からしても、いかに美しい「ハジチ」を入れるかという事で、あこがれの対象となっていました。とはいえ「針突」の漢字が示すとおり、針を手や指に直接刺して入れ墨を入れるわけですから、施術の際はかなりの痛みを伴います。

 

その痛みを我慢してでも「ハジチ」を入れたいという女性がたくさんいたようで、もはや「ハジチを入れるのが当たり前」という風潮すらあったようです。「ハジチ」を入れる理由はいくつかあります。

 

今述べたように「魅力的だから」の他に、婚姻をきっかけにハジチを入れる女性もいました。そして「ヤマトへ連れて行かれないようにするため、ハジチを入れる」という理由も一定数存在しました。

 

「ヤマトへ連れて行かれないように」とはどういう事なのでしょうか? これに関しては琉球のある伝説によるものです。

 

ヤマトへ連れて行かれた聞得大君

聞得大君(きこえおおきみ)とは、神事を執り行う神女集団の最高役職の事で、第2尚氏の尚真王時代に初めてその役職が生まれました。「聞得」は「名高い」という意味を持ちます。

 

琉球国王を守護する「姉妹神(オナリ神)」との位置づけであり、国王の長寿や健康、そして琉球国の繁栄や安全などを祈願する神事を執り行います。歴代の聞得大君は、国王の姉妹や王女など、王族の女性がその任務に就きました。

 

沖縄県与那原町に「御殿山(うどぅんやま)」という場所があります。天女が降りてきた聖地であり、聞得大君が即位儀礼のため首里を出発した際はここを休憩地としていました。また、聖地「久高島」へ発つ際はここが舟の発着場ともなっていました。

 

その「御殿山」には聞得大君にまつわる伝説があります。

 

昔むかし。聞得大君は侍女数10人と共に、国家安寧や五穀豊穣を祈願する儀式を執り行うため、御殿山から舟に乗り、久高島へと向かいました。出航時は晴天で風もなく、舟もまっすぐ久高島へと向かっていました。

 

ところが、突如風向きが変わったかと思うと、突然の嵐が舟を襲ったのです。舟は大波にさらわれ、海面に打ち付けられると、その姿を消してしまいました。その知らせを聞いた国王は、すぐに彼女らの捜索を任命。

 

しかし必死の捜索にも関わらず、誰一人見つけることはかないませんでした。聞得大君が行方不明になって以降、琉球は雨が降らず穀物が育ちません。さらに病気も蔓延し、琉球全体が疲弊していきます。

 

ノロやユタ(どちらも強い霊力を持った者)を呼び、その理由を探らせたところ、国の安全と繁栄を祈願する聞得大君がいなくなったのが原因とされました。さらに、聞得大君が祈願を再開しなければ、琉球は滅ぶとまで言うのです。

 

生死さえわからない聞得大君を探し出す手立てはないと思っていましたが、ある夜、琉球国王の枕元に「君真物(きんまもん)」が現れました。「君真物」は琉球を守護する神様であり、聞得大君に憑依する守護神でもあります。

 

その君真物が言うには、聞得大君は生きており、ヤマトの地で琉球からの迎えを待っているとのこと。正確な場所は薩摩、今の鹿児島県というのです。

 

国王はすぐに馬天ノロに聞得大君を連れ戻してくるよう命令。馬天ノロは斎場御嶽(せーふぁうたき)で神霊の宿る木を伐採し、舟を作り、薩摩へと向かいました。そして、無事に聞得大君と面会できたのです。

 

その時、聞得大君の手には琉球にいた時にはなかったハジチが施されていました。薩摩へ漂流した聞得大君は島津の人間に捕らえられ、自由を奪われ琉球に帰る事も許されませんでした。さらにはその家の主の妾(めかけ)になるよう言われたのです。

 

そこで聞得大君は自らの手に入れ墨を入れ、当時はそんな事をする女性などいなかったため、その家の主に嫌われる事となりました。島津の人間側には忌み嫌われたため、ノロと共に琉球へ戻る事を許されました。

 

聞得大君は自らハジチを施した事で、薩摩の地で妾になる事なく、故郷・琉球へ戻ってくる事が出来たのです。

 

この出来事をきっかけに、「女の人はハジチをしなければ、ヤマトの人へ連れて行かれる」と言われるようになり、琉球の女性は15歳になる頃にはハジチを入れるようになりました。

 

薩摩では忌み嫌われたハジチですが、琉球で多くの女性がそれを行うと、それはあこがれの対象となっていくのです。その風習は明治政府に禁止されるまで数百年続き、1990年代まではハジチを施した女性も多数いました。

 

令和の今はハジチをした女性は存命ではないでしょうが、ハジチを入れる理由に「ヤマトへ連れて行かれないため」とはよく言われていたようです。

 

ハジチの起源に、聞得大君が薩摩へ捕らえられていたという伝説があるわけですが、この伝説にはもう少し続きがあります。そして、ハジチに関してもあこがれの対象からタブーへと変遷する歴史もありますので、それらはまた次回以降お話ししましょう。

 

10月も明日で1週間ですが、まだまだ暑い日が続く沖縄です。暑さに負けないよう

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美味しいお菓子でエネルギーを補給しつつ、この10月も乗り切っていきましょう!

 

今回はこの辺で。

 

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