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公事清明祭【シーミー③】

2024年04月16日

こんにちは、マルキヨ製菓広報担当の仲宗根です。日曜深夜から月曜にかけ、ものすごい雷が鳴り響き、大雨が降っていました。昼過ぎから天気も改善し、昨日から今日にかけてはいい天気。

 

最高気温26度で、過ごしやすい火曜日となっています。先週は「浜下り」と「シーミー」、2つの行事に対応しました。「シーミー」に関しては、まだ継続中の行事となっています。

 

先週の土曜日は前日まで晴れの予報でしたが、雨が降っていました。それでも。車を走らせていると、とある霊園前にたくさん車が止まっているのが見えました。雨が降るなか、シーミーをしている人、たくさんいましたね。

 

次の土日、今のところ晴れの予報なので、ここで「シーミー」を行う人もたくさんいるのではと予想しています。というわけで、今週も忙しいマルキヨ製菓です。

 

今回のブログでは、シーミーのお話の第3回。尚家によるシーミー「公事清明祭」についてお話ししたいと思います。

 

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二十四節気の1つ「清明」。これは「清浄明潔(しょうじょうめいけつ)」を略した言葉で、「万物が清らかで明るく、生き生きと活気に満ちているさま」という意味です。この行事は18世紀に、中国から伝わりました。

⇒【清明祭

 

シーミーには3種類あります。身近な親族の墓参りをする一般の「シーミー」。父方の共通祖先を持つ血縁関係者「ムンチュー」で、遠いご先祖様の墓参りをする「カミウシーミー」。そして、尚家が行う「公事清明祭」です。

⇒【3種類のシーミー

 

公事清明祭

公事清明祭は伊是名の玉御殿(たまうどぅん)にて、尚家の関係者を中心に行われるシーミーです。1870年に始まったとされ、毎年二十四節気「清明」の前に行われます。この公事清明祭が終わらないと、通常のシーミーを開く事が出来ません。

 

今年(2024年)は4月4日が、二十四節気の「清明」でした。なのでその前日である4月3日、「公事清明祭」が行われたのですが、当日はその準備中、沖縄県に津波警報が発令されました。

 

関係者は避難する事になりましたが、後に警報解除されてから無事に公事清明祭を済ませたとのこと。午前10時開始予定だったのが、警報解除後の午後1時開始になっただけで、公事清明祭はつつがなく行われたようです。

 

この「公事清明祭」について、もう少し詳しくお話ししましょう。時代は尚巴志の活躍した15世紀まで遡ります。

 

南山・中山・北山で琉球の覇権を争っていた三山時代、その三山を1429年に統一したのが尚巴志です。統一政権初代国王に就任したのは尚巴志の父親で、尚巴志は第2代の国王となっています。

 

この尚巴志の血筋による王朝を第一尚氏と呼びます。この第一尚氏政権に対してクーデターが勃発したのが1469年。金丸(かなまる)らが中心となり、尚家を王朝から排除しました。そして、金丸は尚円(しょうえん)と名乗り、クーデター後の琉球国王となります。

 

尚円王以降、彼の血筋を受け継ぐ者が国王として君臨していきます。尚円は「尚」を名乗っていますが、尚巴志とは違う血筋。この尚円王の血筋による統治時代を、尚巴志のそれとは区別して「第二尚氏」と呼びます。

 

この第二尚氏初代国王である尚円、すなわち金丸の出身が伊是名村であることが、後に公事清明祭が行われるきっかけとなります。

 

「シーミー」は中国から琉球へもたらされた行事です。そのシーミーを最初に行った国王が、第2尚氏第14代国王の尚穆(しょうぼく)王。場所は首里城近くにある玉陵(たまうどぅん)で、時は1768年です。

 

この尚穆王がシーミーを行って以降、毎年シーミーが行われるようになり、それが沖縄県に広まっていきました。この首里玉陵で行われたシーミーに対し、伊是名の玉陵で行われるシーミーは1870年から始まりました。

 

首里で行われたシーミーとは100年以上の開きがあります。この伊是名でのシーミーが「公事清明祭」で、琉球王朝最後の国王・尚泰(しょうたい)王の命令によります。実は公事清明祭がスタートして10年も経たないうちに、琉球王国は滅亡してしまいます。

 

そんな時期に「公事清明祭」を行うよう命令したのは何故なのでしょうか? その背景には明治初期の激動にあると言えます。

 

混乱の時期こそ、ご先祖様に手を合わせる

1868年、長かった江戸時代が終わりをつげ、明治新政府が樹立しました。その前後は、まさに日本全土が混乱を極めていたと言えるでしょう。薩長同盟、無血開城、大政奉還、戊辰戦争、明治維新…。まさに激動と呼ぶにふさわしい時代でした。

 

そんな不安定な時代の中、琉球王国最後の国王となる尚泰(しょうたい)王は、「ご先祖様の供養をしっかりやり、ご先祖様に明るい未来へ導いてもらおう」という思いを持ちました。

 

首里玉陵で行われていたシーミーとは別に、第二尚氏初代国王・尚円王の出身地である伊是名でもシーミーを行うように命令。これが「公事清明祭」です。

 

伊是名の玉陵には、尚円王の両親やその子孫が眠っています。この伊是名の玉陵を建立したのは尚円王の息子である尚真(しょうしん)で、彼は首里の玉陵(たまうどぅん)も建立しています。

 

王家の陵墓として広く知られるのは、今や世界遺産としても知られる首里の玉陵です。それに次ぐ王家の陵墓が、伊是名の玉陵となります。この2つの玉陵では王家の血をひく者がその祖先のためにシーミーを行います。

 

琉球処分により琉球王国は1879年に滅亡してしまいます。しかし、その後も第2尚氏の血を受け継ぐ子孫達により、王家によるシーミーは継続して行われています。

 

公事清明祭は、王家ゆかりの四殿内(ゆとぅぬち)と呼ばれる銘苅家、名嘉家、伊礼家、玉城家の関係者が中心となって行われます。古文書に書かれてある内容にそって儀式が進められ、尚円王の親族らを供養します。

 

ここ数年はコロナ禍による行事の縮小だったり、今年(2024年)は津波警報が発令されるなどのトラブルもありましたが、毎年公事清明祭は行われています。王家による公事清明祭が無事に行われたことで、一般のシーミーも出来ているわけです。

 

次の土日でシーミーを行う方もいるでしょう。マルキヨ製菓はご先祖様にお供えするお菓子を今日も作り続けています。これからシーミーという方は是非、マルキヨ製菓のお餅やお菓子をご先祖様にお供えください。

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どんなお菓子にするか迷った時は、菓子セットがオススメです。店頭でマルキヨ製菓のお菓子を見かけたら是非、手に取って下さい。これからシーミーという方のためにも、土日がしっかり晴れる事を願いながら、私も頑張りたいと思います。

 

今回はこの辺で。

 

平日は毎日更新。Facebookもよろしくお願いします。

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