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首里城の赤に挑んだ男達 ~その1~

2019年12月26日

santa
このクイズの答えは、今回のブログの最後に掲載しています。ちなみに答えは6つありますよ。
 
こんにちは。マルキヨ製菓広報担当の仲宗根です。2019年も残り5日となりました。今年も色々ありました。いい事も悪いことも。「1番よかった事」「1番ダメだった事」を考えると悩むところですが、1番ショックだった事は即答できます。
 
首里城火災。この出来事が、今年1番ショックでした。2019年10月31日、夜明け前。我が家は首里城から近いため、首里城が燃えている様子が見えました。首里城が焼け崩れる姿をニュースでもやっていましたが、多くの県民が心を痛めた事でしょう。
 
復興に向けて、物事が進み始めているところです。そして先週になりますが、NHKで過去に放送された「首里城」に関する番組をNHK名作シリーズと題し、5夜連続で放送していました。
 
その3夜目が、「プロジェクトX」。【炎を見ろ赤き城の伝説~首里城・執念の親子瓦~】というタイトルで、2002年に放送されたものです。首里城の威風堂々さを象徴する「赤色」を追求した男達をフューチャーした内容です。
 
すごく胸熱な番組でしたので、自分のために「こういう内容だった」という記録を、このブログを借りてやってみたいと思います。プロジェクトXを見逃した方も是非、その内容を見て、胸熱を経験していただきたいと思います。
 

真栄平房敬(まえひらぼうけい)

 
時は昭和19年(西暦1944年)。琉球王国がなくなって65年。当時の首里城は、手入れがされておらず、すでにその赤色は剥げ落ちていました。
 
首里城の敷地には学校があり、そこで教師を務めていたのが24歳の真栄平房敬。彼は琉球の言葉で、首里城の素晴らしさを生徒に伝えていました。
 
当時の日本は戦時下にあり、翌年には沖縄戦が勃発。実に60万発もの砲弾が、沖縄には撃ち込まれました。必死で逃げていた真栄平がふと後ろを振り返ると、首里城は砲弾の餌食となり、燃えていました。
 
真栄平房敬。戦後、焼失した首里城復興に立ち上がった男の1人です。
 

奥原崇実(おくはらそうじつ)

 
戦争が終わった翌年(昭和21年)、復員兵(戦争が終わり、軍務を解かれて帰郷する兵のこと)だった奥原崇実が沖縄に戻ってきます。中国戦線に送られていた奥原は当時31歳、元々の職業は瓦職人でした。
 
奥原は17歳の時、父と兄と共に首里城の瓦の葺き替えに当たった人物。5万5000もの赤瓦は職人の技を結集した最高の瓦であり、ここにアジアの文化があると感じました。
 
彼もまた、真栄平同様、首里城に特別な思いを持った男でした。かつての首里城は跡形もなく破壊され、そこには星条旗が立てられていました。その様子を見た奥原は絶句。いつの日か、自分が首里城の赤瓦を焼くと誓いました。
 
しかし、すでに師である父も兄も死亡。奥原は子だくさんで、7人の子供がいただけでなく、戦死した兄の子供4人も含め、実に11人の子供を養うため、戦後も瓦職人として働き続けました。
 
彼もまた、後の首里城復興に欠かせない男です。
 

奥原崇典(おくはらそうてん)

 
奥原崇実が沖縄に戻って20年が経ち、51歳になった頃。父の背中を見て育った三男の崇典(そうてん)は、父親から土の練り方や炎の色、温度の見方を徹底的に仕込まれます。
 
しかし、絵描きになりたいという夢を持っていた三男の崇典は、ある日その事を父に打ち明けました。返ってきたのは「お前の好きな道をゆけ」という言葉。
 
家を出た崇典は水墨画の修行に励み、15年後には国際コンクールで入選も果たす成果を上げ、画家の道を歩みます。
 
画家として活動する奥原崇典は、後に思わぬ形で首里城の瓦と向き合う事になります。
 

源武雄(みなもとたけお)

 
昭和47年、沖縄が本土復帰を果たすと、その翌時の昭和48年、首里城の復元を叫びかけたのが源武雄という男です。沖縄県文化財保護審査議会委員であり、沖縄文化財復元の責任者でもあった彼は当時68歳。
 
首里城焼失から40年、源を中心としたメンバーは国に陳情を重ね、ついに復元の予算が下りる事になりました。
 
復元を呼びかけた男達、実際の作業に当たった各分野の専門家達、建設省(現・国土交通省)の関係者達、首里城復元には実に何百人もの人たちが関わる事になります。
 
ところがこの首里城復元プロジェクトには、大きな困難が立ちはだかります。
 

無念

 
奥原崇実は、この時70歳。あの日誓った「首里城の瓦を焼く」という誓いを果たす時が来たと、家族にもその決意を語っていました。
 
ところが首里城復元に取りかかろうとした直前、奥原崇実は心臓発作で倒れてしまいます。なんとか一命を取り留めたものの、病院に駆けつけた三男・崇典に「俺には瓦を焼く体力がない」というあきらめの言葉を口にしました。
 
さらには、首里城を復元するのに必要な、寸法や色を示した資料が見つからず、復元への道は前途多難となります。そこに現れるのが「古文書の鬼」と呼ばれる男なのですが・・・。
 
まだまだ盛りあがる話がたくさんで長くなりますので、あらゆる困難を乗り越え、首里城復元へ立ち向かう内容は、年を越してから続きを話したいと思います。
 

今年のブログ更新はあと1回

 
毎週月曜日・木曜日更新のこちらのブログ、次回は12月30日(月)が更新日となっており、それが2019年最後の更新となります。
 
今年最後のブログ内容はすでに決まっており、2020年バージョンの「ナントゥ餅」と「紅白巻餅」を紹介する予定です。

81227078122704写真は、今年の正月バージョンのもの。正月限定のこのお菓子は、今週末から店頭に並びます。これらを見かけると、クリスマスも終わり、新年を迎える雰囲気が漂ってくることでしょう。
 
さらに2020年1月2日(木)は、ムーチー行事当日となっているため、その日のブログでは2020年バージョンのムーチーも紹介します。
 
今回は例年の正月行事と、ムーチーという行事が重なったため、年末年始も多忙なマルキヨ製菓です。スタッフ一同、大晦日まで誠実に頑張りたいと思います。
 
今回はこの辺で。

P.S.

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