スタッフブログ

首里城の赤に挑んだ男達 ~その2~

2020年01月6日

こんにちは、マルキヨ製菓広報担当の仲宗根です。正月も終わり、ムーチーも終わりましたね。とても忙しい行事が終わって、ホッとしているマルキヨ製菓のスタッフです。
 
行事と共に連休も終わり、今日から平常日。少し憂鬱になっている方もいることでしょう。来週の土曜日、センター試験初日と同じ日には「ウガンブトゥチ」というヒヌカンにかかわる行事があります。
 
ウガンブトゥチに向け「ウチャヌク」というお菓子作りの準備をしているマルキヨ製菓は、正月明けも忙しいですね。
 
さて、先月のブログで「首里城の赤瓦に挑んだ男達」の前編を紹介しました。NHKが「首里城」に関する番組を名作シリーズとして5夜連続で放送。その1つ「プロジェクトX:炎を見ろ赤き城の伝説~首里城・執念の親子瓦~」が、3夜目に放送されました。
 
首里城の威風堂々さを象徴する「赤色」を追求した男達のドキュメンタリー番組でしたが、「これだけの多くの人々の強い思いが、首里城には刻まれているんだ」と感動しました。
 
個人的に「こういう内容だった」という記録をしておきたいので、このブログを通してその内容を簡単にまとめようと思います。
 
前回は、首里城を復元する計画が起ち上がったところまで紹介しました。

⇒【首里城の赤に挑んだ男達 ~その1~
 
その続きをご紹介しましょう。
 

奥原崇実(おくはらそうじつ)

 
戦後、ずっと「いつか首里城の瓦は自分が焼く」といい続けてきた瓦職人の奥原崇実(おくはらそうじつ・当時70歳)は、首里城復元に燃えていました。
 
しかし、復元プロジェクトが始動する直前に心臓発作で倒れてしまい、一命は取り留めたものの、それ以降職場に戻る事もなく首里城の話も一切しなくなりました。
(前回は、ここで終了しました)
 

高良倉吉(たからくらよし)

 
昭和60年首里城跡の発掘が開始。すでに焼失から40年が経過しています。首里城は1945年の沖縄戦以前にも、幾度となく焼失と復元を繰り返してきた過去があります。
 
首里城を象徴する赤色はすでにはげ落ちており、沖縄戦で多くの資料も失っていました。首里城の赤を推定するのも困難な状況ですが、復元チームの男達の執念は生半可なものではありませんでした。
 
ここで登場するのが、歴史研究家で「古文書の鬼」の異名を持つ男・高良倉吉(当時37歳)。沖縄の国費留学生として本土の大学に進学し、古文書や歴史書を1日1冊読み解くのを日課にし、寝るのは通学の電車内だけという、すさまじい勉強ぶりでした。
 
その知識の蓄積が首里城復元に役立つと考えた高良は、琉球時代の古文書をしらみつぶしに調べ始めます。役人の報告書・物流の記録、工事担当者を割り出すため家系図にも目を通しました。
 
彼の指示により、プロジェクトチームのメンバーは沖縄の島々、全国の大学図書館にまで調査の手を広げ、資料を探し歩き回りました。そこで、文化庁に昭和3年から8年の間に行われた首里城大修理の記録がある事を突き止めます。
 
柱や壁などの配置・サイズなど、建物の構造がこれで明らかになりました。しかし、城を囲む石垣の高さと、石段の幅の記録は見つかりませんでした。
 

真栄平房敬(まえひらぼうけい)

 
そこで呼ばれたのが前回登場した、真栄平房敬(当時64歳)。首里城内にある学校で教師をし、首里城の素晴らしさを伝えていた男の体は、石垣の高さや石段の形などを覚えていました。
 
首里城焼失から40年以上が過ぎ、真栄平は自分が生きている間に復元のために出来る事をやるという使命感で立ち上がったのです。
 
高良と真栄平を中心とした活躍のおかげで、首里城全体の構造はほぼつかめました。しかしここで、最大の困難が待ち受けています。
 

鎌倉芳太郎(かまくらよしたろう)

 
戦前、すでに剥げていた首里城を象徴する赤が、どんな赤なのかわからない。そんな時、青天の霹靂とも言うべき知らせが、高良倉吉に飛び込んできました。
 

琉球研究家であり、人間国宝でもあった【鎌倉芳太郎】の遺品が大学に寄贈されたというのです。高良はすぐに問い合わせ、寄贈されたものを調べました。
 
その中に、18世紀琉球王国時代の首里城改修記録「寸法記」という古文書がありました。「朱ぬり」「赤土ぬり」などの記述があり、何を顔料にしていたのか、ここで初めて確かめられたのです。
 
その古文書を詳細に調べた高良達は、アジアの国々へ飛びます。琉球と交易があった中国(当時は明)北京にある紫禁城(しきんじょう)、韓国ソウルにある李氏朝鮮時代の昌徳宮(しょうとくきゅう)らを調査し、首里城の赤を求めて手がかりを探求します。
 
そこで使われている赤色がどの顔料を使用しているのかをチェック、写真を1000枚以上撮影し、「赤」のデータベースを作り上げました。
 

奥原崇典(おくはらそうてん)

 
首里城の発掘現場から「もう1つの赤」が出土。それが赤瓦。首里城の瓦には、気品をかもしだす最高の赤が求められました。柱や壁の赤だけでなく、「瓦の赤」の探求もプロジェクトの中に組み込まれたのです。
 
風速40mの台風でもびくともしない強度を持った赤。気品と強度を備えた赤の探求は、プロジェクトチームをさらなる困難に導きます。
 
沖縄中の瓦業者を集めましたが、返ってきたのは「そんな瓦、とても作れない」という言葉。しかし1人だけ「俺がやります」と手を挙げた男がいました。心臓発作で倒れた奥原崇実(おくはらそうじつ)の息子、奥原崇典です。
 
子供の頃から父に瓦づくりを仕込まれていた自分なら、首里城の赤瓦を復元できると信じていました。しかし・・・ これが大変な事態を招くのです。
 

実は首里城の赤瓦こそ、この首里城復元計画で最も大きな壁。長くなりましたので、その続きはまた次回以降に。

 

今月も行事はたくさん

 
マルキヨ製菓は、来週の週末にやってくる行事「ウガンブトゥチ」、さらに再来週やってくる旧正月に向け、まだまだ忙しい時期は続きます。「ウガンブトゥチ」では
90128069012802「ウチャヌク」というお供え用お菓子を、「旧正月」では再び

81227088122704「ナントゥもち」や「紅白巻もち」を作る事になります。
 
さらに旧暦の1月は「ヒヌカンウンケー」や「ジュウルクニチー」など、行事が多いため、2020年1月~2月も、忙しいマルキヨ製菓です。
 
沖縄の行事を支えるため、マルキヨ製菓は2020年も誠実に頑張っていきますので、よろしくお願いいたします。
 
今回はこの辺で。

 

平日は毎日更新。Facebookもよろしくお願いします。

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