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尚泰久と万国津梁の鐘 ②

2018年10月4日

こんにちは、マルキヨ製菓広報担当の仲宗根です。台風24号が去り、夕方から夜にかけては涼しくなってきました。そんな風に思っていた矢先の台風25号到来。まずは情報収集をしっかりしたいところですね。

 

さて、先週のブログでは尚家第1王党第6代国王・尚泰久王についてお話ししました。簡単に振り返ってみましょう。

 

戦乱時代の沖縄で三山を統一した英雄・尚巴志が、1439年に亡くなりました。尚巴志亡きあとの国王はいずれも短命であったり、後継者争いが起こるなど混乱が拡大していきます。その混乱により、首里城も炎上したと伝わります。

 

1453年、第5代国王・尚金福が亡くなると、その後継者を巡って志魯・布里の乱(しろふりのらん)が勃発。

 

結果、後継候補であった2人とも亡くなり、越来(ごえく)を治めていた尚巴志の末っ子・尚泰久が第6代国王として即位します。彼は、伊是名の農民出身でありながらもその能力を高く評価した金丸(かなまる)を重用。

 

国を治めるにあたって、あらゆる案件を金丸に相談していたと伝わります。先週はそこら辺までのお話しをしました。

⇒【 尚泰久と万国津梁の鐘 ①

 

1454年に尚泰久は39歳で国王に即位。志魯・布里の乱で乱れた現状の立て直しを図ろうとします。

 

彼は越来を治めていた頃から、とくに重用した人物が2人います。1人が先にも挙げた金丸。後の尚家第二王党・初代国王となる人物です。もう1人が、大城賢雄。その大柄で屈強な体格から「鬼大城(おにうふぐすく)」と呼ばれ、武勇に優れていました。

 

尚泰久は年の近いこの2人を側近として取り立て、国王になってからも彼らを重用し、混乱した国内に平和をもたらそうとしました。しかし、さらなる混乱に巻き込まれていく事になります。

 

1458年、琉球王国史上最大の内乱と言われる、護佐丸・阿麻和利の乱が勃発。

 

尚泰久王の岳父、いわゆる妃(妻)の父にあたる護佐丸(ごさまる)は中城(なかぐすく)を治める按司(あじ)でした。そして、尚巴志の三山統一の際にも活躍、築城の名人と言われるなど、琉球史の主要な出来事の中に散見される重要人物です。

 

そして、尚泰久王の娘である

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百度踏揚(ももとふみあがり)は護佐丸の孫にあたり、彼女の婿・阿麻和利(あまわり)は、勝連を治める有力な按司(あじ)でした。


国王である尚泰久の周りは、琉球の地域を治めている按司達であり、いっけんすると強固な政治体制に思えるのですが……、尚泰久王は挙兵し、護佐丸も阿麻和利も攻める事になります。

 

では、琉球王国最大の内乱と言われる「護佐丸・阿麻和利の乱」について、もう少しくわしくみてみましょう。

 

琉球国の正史によれば、勝連で勢力をほこっていた阿麻和利は野心家であり、首里城を滅ぼし自ら国王になろうという企みがありました。それに気づいた尚泰久王は、娘の百度踏揚と彼を政略結婚させ、読谷にいた忠臣・護佐丸を中城に呼び寄せ、阿麻和利を牽制。

 

ところが阿麻和利は、護佐丸がクーデターを起こそうとしていると主張。その証拠に、護佐丸は兵馬の訓練をしており、城の砦の防御も固めているではないかと。

 

尚巴志の時代から忠臣と言われた護佐丸、そして尚泰久王との絆を切り離す讒言(ざんげん)であったのですが、彼の言うとおり護佐丸が兵の訓練をし、治める地域の防御をしている事から(実際は阿麻和利を牽制するためとも)、尚泰久王は阿麻和利に護佐丸討伐を命じます。

 

ここら辺の話を聞くと、本土の戦国時代でもよくある話だなと思ってしまいます。

 

護佐丸にクーデターの心はなく、攻め込まれる事を知ると抵抗することなく自刃したと伝わります。その心中やいかに、ですね。

 

護佐丸を倒すことに成功した阿麻和利。次に狙うは琉球国のTOP・尚泰久王です。王を討つため、着々と準備を進める阿麻和利。もちろんその事は嫁であり、王の娘である百度踏揚には知らせません。

 

しかし、その狙いを知った百度踏揚は、親衛の大城賢雄(尚泰久王が越来を治めていた時に重用していた人物)と共に、阿麻和利の元を脱出。屈強な賢雄は、百度踏揚を背負って首里城まで逃れたと伝わります。

 

父にその事を知らせると、尚泰久王は激怒。賢雄を討伐軍に抜擢し、今度は阿麻和利を討ち滅ぼしました。

 

賢雄は女装して阿麻和利の元へ忍び込み、油断した阿麻和利を討ったそうですが、鬼とまで言われ武勇にすぐれた屈強な男がどんな女装をし、そしてどのように相手が油断したのか知りたいですね。

 

ただ、賢雄の2人の弟・賢休と賢膺がこの戦闘で死去しているため、激しい戦いがあったことが予想されます。

 

琉球国王を立て直すため、最もその活躍を期待していた両輪である護佐丸・阿麻和利を同時に失ってしまった尚泰久王。いったい、どんな心境だったのでしょう。

 

その護佐丸・阿麻和利の乱が起こった1458年、尚泰久王が鋳造を命じたのが、万国津梁の鐘。国の安寧・平和を願って鋳造させるのですが……

 

今回で「尚泰久王と万国津梁の鐘」については話を終えるつもりでしたが、ちょっと長くなりすぎたので、また次週、この話の続きをしたいと思います。

 

実は百度踏揚と大城賢雄、この乱のあと夫婦になるのですが…… 尚泰久王が亡くなった後、壮絶な人生を迎える事になります。そして、万国津梁の鐘について、もうちょっと掘り下げた内容を、来週木曜日のブログで紹介しようと思います。

 

ちなみに「百度踏揚(ももとふみあがり)」というのは本名ではなく神名です。首里王府によって編纂された「おもろさうし」によれば、霊力の高い神女として描かれた「百度踏揚」は、「永遠に気高い」という意味があるそうです。

momoto2今回、縁あって【Dee沖縄】のサイトで【ハブでも分かる!?遺老説伝】の連載をされている

j_akiko吉元あきこさんによる「百度踏揚」のイラストを使わせて頂きました。ありがとうございます。

 

琉球関連のキャラクターや漫画を制作し、SNSでは素敵なイラストを多くアップしていらっしゃいますので、是非チェックしてみてください。

Twitter はこちら ⇒ 【吉元あきこ

Facebook はこちら ⇒ 【吉元愛紀子

 

さて、今日の仕事が一段落したら、しっかり台風対策をしたいと思います。先週に続く台風で多少の疲労感はあると思いますが、24号があまりにもすさまじかったので、今回も警戒を怠らず、取るべき対策はしっかり取っておきましょう!

 

今回はこの辺で。

 

Dee沖縄さんによる「マルキヨ製菓工場見学」の記事はこちらです。

⇒【めくるめくウチナー菓子の世界!マルキヨ製菓に潜入取材

 

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