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6月23日は慰霊の日

2024年06月21日

こんにちは、マルキヨ製菓広報担当の仲宗根です。気がつけば6月も下旬に突入。マルキヨ製菓はすでに旧盆という大きな行事に着手しています。旧盆は8月ですが、今から準備しないと間に合わないのです。

 

梅雨明け

ようやく昨日、梅雨が明けました。同時に暑い日差しが地上に降り注いでいます。おかげで、久しぶりに洗濯物を外に干す事ができました。洗濯物1つで、太陽の偉大さを知ることができます。

 

今年の梅雨はやけに長く感じました。例年より明らかに雨の降る時間帯が長かったと思います。おかげで、数週間は洗濯物を室内干しするはめになりました。大雨の日も多く、外に出て足下が濡れたりするのが嫌でしたね。

 

梅雨が明け、本格的に暑い夏到来という感じです。家から歩いて5分のスーパーへ行くだけでも、かなりの汗が出ます。昨日今日と、意識して水分を多めに取っていますが、皆さんも熱中症対策はしっかりやって下さいね。

 

今日は6月21日。明後日6月23日は沖縄にとって特別な日「慰霊の日」です。今回のブログでは、その「慰霊の日」についてお話しします。

 

6月23日

先の戦争において、日本国内で唯一地上戦が行われたのが沖縄県でした。1945年に日本は戦争に負ける事となりますが、この沖縄戦だけでも軍人・民間人に関わらず、多くの人が命を失いました。

 

1945年6月23日、沖縄防衛第32軍司令官・牛島満中将と参謀長の長勇(ちょう・いさむ)中将が糸満の摩文仁(まぶに)で自決しました。この日をもって、旧大日本帝国陸軍司令部の機能が崩壊し、沖縄での防衛戦闘が終結したとされます。

 

ご存じの通り、戦後の沖縄はアメリカが統治します。本土復帰するのが1972年ですから、約27年も沖縄は日本と切り離されていたわけです。

 

アメリカ統治時代の沖縄において「慰霊の日」は県内の学校や企業はお休みでした。本土復帰後は日本の法律が採用されたため、「慰霊の日を休日とする」法的な根拠がなくなってしまいます。

 

そこで沖縄県は、慰霊の日が休日となるよう「沖縄県慰霊の日を定める条例」を1974年(昭和49年)に制定したのです。その条例は以下の通りです。

 

【沖縄県慰霊の日を定める条例】

昭和49年10月21日 条例第42号

沖縄県慰霊の日を定める条例をここに公布する。

 

第1条

我が県が、第二次世界大戦において多くの尊い生命、 財産及び文化的遺産を失つた冷厳な歴史的事実にかんがみ、 これを厳粛に受けとめ、戦争による惨禍が再び起こることのないよう、人類普遍の願いである恒久の平和を希求するとともに 戦没者の霊を慰めるため、慰霊の日を定める。

 

第2条

慰霊の日は、6月23日とする。

 

この条例制定後、6月23日は県内の小中学校や一部の施設などがお休みとなりました。今年(2024年)の6月23日は日曜日です。翌日に代休などはありませんので、学生の方は「休みが欲しかった」と思う人も多いでしょう。

 

明後日の慰霊の日は戦争で亡くなった方に冥福を祈り、正午には1分間の黙祷をささげます。この日はTVを見たりラジオを聞いたりして、今一度戦争や平和について考える1日にしましょう。

 

平和の礎(いしじ)

1945年8月、日本は戦争での敗北を認め終戦を迎えました。全国各地で大きな被害を出しましたが、沖縄は日本で唯一地上戦が行われた場所です。壮絶な地上戦の傷跡は、今も沖縄の多くの場所に残っています。

 

苛烈を極めた沖縄戦で、命を落とした人の数は20万人以上にもなります。そして、その半数以上は兵士ではない人達でした。もちろんその中には、多くの子ども達も含まれています。

 

平和祈念公園は那覇市の南に位置する糸満市にあり、沖縄戦に関する慰霊碑や資料館があります。その中にある「平和の礎(いしじ)」は、県内の学生が平和学習で必ず訪れる場所です。

 

「平和の礎」は沖縄戦終結から50周年になる1995年6月23日に建設されました。戦争に関連して亡くなった方の名前が、敵味方とわず刻まれています。年間を通して多くの人が訪れ、平和の礎の前で手を合わせます。

 

そして、新たな戦争被害者の存在が明らかになるたび、そこに刻まれる名前が増えていきます。そこを訪れた人は、想像を超える数の犠牲者がいた事に驚く事でしょう。

 

2020年(6月):24万1566人

2021年(6月):24万1632人

2022年(6月):24万1686人

2023年(6月):24万2046人

2024年(6月):24万2225人

 

毎年、刻まれる名前が増えています。これは、戦争関連で亡くなった方に関する調査が現在も行われており、その度に新たな犠牲者の存在が明らかになるからです。

 

平和祈念公園には何度か訪れた事がありますが、いつ行っても平和の礎の前には人がいます。特に慰霊の日が近づくと訪れる人は増え、礎の前で手を合わせる人をたくさん目にする事でしょう。刻まれた名前の前で手を合わせ、涙を流す方もいます。

 

24万人以上という、膨大な数の名前が刻まれていますが、その1人1人の人生が沖縄戦によって奪われたかと思うと、胸が苦しくなります。

 

平和の礎と海岸を見渡せる場所に「平和の広場」と呼ばれる場所があり、慰霊の日にはその中心にある燭台に「平和の火」が灯されます。慰霊の日は、その「平和の火」に向かって多くの方が手を合わせている事でしょう。

 

平和祈念資料館

平和祈念公園へ行ったら、絶対に訪れて欲しい場所が2カ所あります。1つは平和の礎、そしてもう1つは平和祈念資料館です。沖縄戦に関する資料や写真、当時の証言集など、戦争をリアルに感じられるものがたくさんある場所です。

 

これら資料を目にすると大きなショックを受ける事は間違いありません。「とても現実とは思えない」戦争のリアルを感じる事ができ、色々と考えさせられる事でしょう。

 

沖縄の学生は平和教育の一環として、平和祈念公園を訪れます。平和の礎を見て刻まれた名前の多さに絶句し、資料館で戦争のリアルさを肌で感じショックを受けることでしょう。

 

ただ、これらを目にし、戦争に対して自分が何を感じ、どう思うかを考えるのは大事なことだと思います。今日も地球のどこかで戦争が行われています。何故、戦争は起こるのか? どうすれば起こらないようにできるのか? 人類にとって非常に難しい問題です。

 

とはいえ、考えるのをやめたらさらなる困難を招くだけ。将来的に戦争のない未来を迎えられるよう、1人1人が戦争について考えていく必要があります。慰霊の日は戦争について考えるきっかけとなる日だと思います。

 

戦争で亡くした親戚の仏壇のある家庭では是非

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マルキヨ製菓のお菓子をお供えして下さい。そして、仏壇がある家庭もない家庭も、明後日の慰霊の日はしっかりと戦争について考えましょう。

 

今回はこの辺で。

 

平日は毎日更新。Facebookもよろしくお願いします。

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