女の子をお祝いする「ひな祭り」
2026年02月27日
こんにちは、マルキヨ製菓広報担当の仲宗根です。今日は朝から小雨がパラつき、少しヒンヤリしている沖縄。昨日はけっこう暖かかったのですが、暖かい日と肌寒い日が交互に来ている感じですね。
2月も明日で終わり。早いもので、2026年も明日で2ヶ月となります。3月はまた、かなり忙しいマルキヨ製菓です。まずは3月第1週に「ひな祭り」と「ジュウルクニチー」、その後は「春彼岸」。合間に「シーミー」の準備と、かなりタフな1ヶ月となります。
今回のブログでは来週火曜日にやってくる「ひな祭り」についてのお話になります。当初「女の子をお祝いする行事」ではなかったこの行事ですが、いつ頃から女の子をお祝いするようになったのでしょうか?
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「桃の節句」とも呼ばれる「ひな祭り」ですが、もともとは中国由来の行事であり、中国では「上巳の節句」と呼ばれています。中国には五節句という区切りがありますが、日本と中国での節句の違い、そして日本と沖縄での節句の違いをお話しします。
「みそぎ」を身代わりしてくれる「人形(ひとがた)」、ままごとに使われた「雛(ひいな)」、赤ん坊の厄除けアイテム「天児(あまがつ)」。これら複数の要素が融合し、現代の「雛人形」へと進化しました。
⇒【上巳の節句】
江戸幕府が五節句を制定
「雛(ひいな)」や「天児(あまがつ)」の登場する平安時代において、「上巳の節句」は「みそぎの行事」であり、「女の子をお祝いする日」ではありませんでした。
平安時代から鎌倉時代、室町時代、戦国時代・・・。全国の戦国武将達が覇権を争う戦乱の時代も、やがて徳川家康がその頂点に立ち、江戸幕府を開いたことで江戸時代に突入します。
「みそぎ」という厄を払う行事だった「上巳の節句」は、江戸時代の間で大きく変化します。大坂の陣(1614~1615年)が終わった翌年の1616年、江戸幕府は「五節供の式日の制」を発令します。
1月7日の人日の節句(七草の節句)
3月3日の上巳の節句(桃の節句)
5月5日の端午の節句(菖蒲の節句)
7月7日の七夕の節句(星まつり)
9月9日の重陽の節句(菊の節句)
これら五節句は公式な行事の日として認定されました。その制定後の1629年、京都御所で盛大な「ひな祭り」が行われたという記録が残っています。
「ひな祭り」はやがて大奥でも行われるようになり、さらには下の位の者へと広がっていきます。江戸中期ごろからは、一般庶民の間でも「ひな祭り」が行われるようになりました。
公式に五節句が制定されて以降、「上巳の節句では女の子をお祝い」し「端午の節句では男の子をお祝い」する日として、世の中に認知されていくことになります。
この五節句は明治6年(1873年)、明治政府による改暦のタイミングで廃止されるまで続いています。しかし、各行事については民間の間では今も残っています。
「七草がゆ」「ひな祭り」「子供の日」「七夕」、これらの行事は多くの地域で見られますが、9月9日の「重陽の節句」だけは一部地域でしか見られません。「重陽の節句」だけイマイチな理由はこちらを参考にして下さい。
雛人形の進化
五節句制定後、3月3日は「女の子をお祝いする日」となりました。電子機器のない時代、女の子の玩具と言えば「お人形」や「おままごとの小道具」が人気でした。
ちなみに「ひな壇に雛人形を飾る」という風習も江戸時代に生まれたものです。
3月3日になると、雛人形や雛道具を売る「雛市」と呼ばれる即席店が現れ、その盛況ぶりは幕府も警戒するほどでした。その雛人形や雛道具は、時代が進むたびに豪華になっていきます。
江戸幕府は財政が苦しくなると、定期的に「奢侈(しゃし)禁止令」という御触(おふ)れを出しています。質素倹約を奨励し、派手なものを取り締まるための令であり、その取り締まりの対象には豪華な雛人形や派手な雛道具も含まれました。
寛政の改革を行った事で知られる松平定信は取り締まりを強化し、「8寸以上の人形を作ってはいけない」という指示を出しています。実際に幕府は「雛市」を抜き打ちで検査する事もあり、違反店に認定されると強制閉店の措置を取られました。
人形の作り手達は「8寸以上の雛人形」を作らない代わりに、精巧な細工が施された「芥子(けし)雛」という雛人形を作ります。大きさは基準通りにしつつ、その衣装などを精巧・繊細にして売り出したのです。
「芥子雛」は一般庶民に大流行。将軍家など上流階級の人達にも人気がありました。当時の幕府からは色々な禁止令が出ていましたが、法令の網の目をかいくぐり、「ひな祭り」は盛り上がりを見せたのです。
雛道具もまた派手なものは幕府の禁令対象となりました。こちらも禁令に抵触しないよう、その時代その時代の職人たちが創意工夫をし、精巧な雛道具へと進化を遂げるのです。
また、雛段には武家の婚礼に使われる道具を小さくしたものを飾るようになりました。特に大名家では女の子が生まれると、すぐに婚礼道具を模した雛道具を準備しました。
3月3日になると、女の子のいる家庭は友達を家に招き入れ、雛道具を使ってままごと遊びをします。婚礼道具を模した雛道具でのおままごとは、婚前の花嫁修業と捉えられたようです。
江戸時代の雛道具や雛人形は、女の子のあこがれと幸せを象徴する大事なアイテムでした。「娘の幸せな将来を願い、ひな祭りは華やかなものにしたい」という親の思いは、雛道具や雛人形の発展・進化へと繋がるのです。
今や令和の時代。「ひな祭り」で「雛道具を婚礼道具と見立てる」という認識はほとんどないかもしれませんが、娘の健やかなる成長や幸せを願ってお祝いする気持ちは、今も昔も変わらないことでしょう。
「桜もち」と「ひしもち」
マルキヨ製菓は来週の「ひな祭り」に向け
「桜もち」と
「ひしもち」を期間限定で販売します。是非、これらの行事用お菓子をご賞味下さい。
また、「ひな祭り」の翌日はご先祖様が正月を迎える行事「ジュウルクニチー」もやってきます。
マルキヨ製菓の「レモンケーキ」や「かるかん」など、ご先祖様にお供えしていただけたらと思います。新暦の行事も旧暦の行事も、沖縄の行事を支えるマルキヨ製菓をよろしくお願いします。
今回はこの辺で。
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