エイサーだけではない袋中上人の功績
2025年07月29日
こんにちは、マルキヨ製菓広報担当の仲宗根です。ここ最近、朝はセミの声が元気よく聞こえてきます。週末は台風の影響で少し天気が荒れていました。現在もその影響が少し残っているようで、たまに降る雨やどんより雲が空を覆う時間が長い気がします。
7月も明後日で終わり、3日後は8月に突入します。今年の旧盆は9月上旬にやってくるので、それまで1ヶ月はあります。しかし、旧盆は大きな行事であるため、7月上旬からその準備をスタートしています。
というわけで、今日も朝からお菓子作りを頑張っているマルキヨ製菓です。さて、今回は沖縄では非常に重要な行事「旧盆」に関連するお話です。
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釈迦の弟子の1人、目連は飢えと渇きで苦しむ餓鬼道へ墜ちた母親を救うために奮闘していました。釈迦のアドバイスにしたがい、多くの人にも施しを与える事で、母親を苦しみから救うことが出来ました。
⇒【身内以外にも施しを与える】
「お盆」の「盆」という字は、「逆さ吊り」を意味するサンスクリット語「ウラバンナ」に対する当て字「盂蘭盆(うらぼん)」からきています。また、日本でお盆が行われたのは、今から1400年以上も前のことです。
⇒【1400年以上続く行事】
仏壇で故人に手を合わせるとき、線香をあげます。これは、仏教において香りは故人の食べ物であるという認識からです。また、沖縄独特の平たい線香「ヒラウコー(平御香)」は、その煙によって故人と繋がりを持てると言われています。
沖縄県外で行われるエイサーイベント
沖縄県民なら誰もが知っている伝統芸能「エイサー」ですが、この1週間だけでも東京や大阪でエイサーイベントが開催されていることをご存知でしょうか?
先週の土曜日は東京新宿で行われた「第22回新宿エイサーまつり」、昨日は大阪万博・夢洲EXPOメッセWASSEで開催されているLOCAL JAPAN展にて、沖縄青年会によるエイサーが披露されました。
沖縄の伝統芸能「エイサー」。今や沖縄県を飛び出し、日本のあらゆる場所で披露されているのです。この「エイサー」はいつ頃から、沖縄に登場したのでしょうか? その起源を探っていくと、ある人物にたどり着きます。
袋中上人(たいちゅうしょうにん)
沖縄の人なら「エイサーを広めた人物は袋中上人(たいちゅうしょうにん)」とご存知の方も多いでしょう。
1713年、琉球王府によって編纂された現存する貴重な史料「琉球国由来記」。この中に「袋中上人が仏教文句を俗にやわらげ、初めて那覇の人々に伝える。これが念仏の始め」という記述があります。
「初めて那覇の人々に伝え」とありますが、それが初期の「エイサー」です。袋中上人は琉球国由来記にその名がしっかり刻まれている事から、「エイサーの祖」と呼ばれる事もあります。そんな彼はどんな人物なのでしょうか?
1552年、福島県いわき市に生まれた袋中上人は、7歳の時、おじが住職を務める寺に入り僧侶となるための勉強を開始しました。14歳になると出家し、25歳の時には江戸に訪れ極楽浄土の概念を学んでいます。
袋中上人は52歳の時、当時の中国である明への留学を希望。明へ渡るためには一度琉球を訪れ、そこから明行きの船に乗る事になります。しかし、明への入国許可が降りず、許可が出るまで琉球の地にとどまることになりました。
3年経っても入国許可が降りなかったため、袋中上人は明への留学を断念。琉球から本土へ戻り、京都の壇王法林寺という寺を拠点として念仏を唱える事を広める活動に従事しました。
76歳の時には西寿寺(さいじゅじ)を建立するなど、年を重ねても精力的に活動を継続。88歳に死を迎えるまで、その一生涯を念仏の布教に努めました。
「袋中(たいちゅう)」とは、「きりを袋の中に入れていても、いつかは袋を破って外に現れる。真に優れた人物も、今は何かに隠されて見えなくても、やがてその徳によって世に現れる」という意味です。
彼の88年の人生のうち、約3年間は琉球に滞在していました。その間に、彼は初期のエイサーを広めるだけでなく、色んな功績を残しています。
袋中上人の功績
袋中上人の功績のうち、エイサーを広めたこと以外を先に紹介しましょう。彼が琉球を訪れた時の琉球国王は「尚寧王(しょうねいおう)」でした。国王に謁見した際、難しい仏教の教えをわかりやすく伝え、尚寧王は彼の教えに深く感銘を受けたと伝わります。
明への渡航許可が出るまで、彼は琉球産業の振興や子どもの教育発展にも尽力するなど、積極的に活動。彼の持っている知見を惜しみなく琉球の人に授け、どんな身分の人に対しても誠実に接し、多くの琉球国民に慕われました。
では、よく知られている「琉球でエイサーを広めた」功績について。エイサーのルーツは、袋中上人の故郷である福島県いわき市にあります。その地域には、無形民俗文化財に指定されている「じゃんがら念仏踊り」という独特の踊りがあります。
毎年8月13~15日のお盆の間、いわき市を中心に亡くなった方を供養するため、鉦(かね)や太鼓を打ち鳴らしながら踊ります。沖縄にはエイサーを踊る青年会や各種団体が多数ありますが、いわき市にも「じゃんがら念仏踊り」を踊る団体が100以上もあります。
いわき市の地域伝統芸能であるこの踊りは、「太鼓を打ち鳴らしながら踊る」「お盆の時に踊る」「この踊りを踊る団体が多い」など、エイサーとの共通点も非常に多いです。
お経に出てくる文章や言い回しの事を「経文(きょうもん)」と言います。袋中上人は琉球滞在時、経文を「じゃんがら念仏踊り」にのせて唱える事を広めました。これこそが、「エイサー」の始まりだとされているのです。
この「経文」+「じゃんがら念仏踊り」は、琉球の王族や士族など、身分の高い人たちを中心に広まりました。一般庶民にそれが広まるのは1700年以降となります。ご先祖様を供養するため、経文と踊りを捧げるその風習は琉球各地に広まっていったのです。
琉球人でない袋中上人が持ち込んだ「経文」+「じゃんがら念仏踊り」は何故、琉球で広まったのでしょうか? 彼は琉球の産業や教育の発展にも尽力しています。それによって、多くの人から人望を集めたというのも背景の1つでしょう。
琉球滞在はわずか3年ですが、琉球のために貢献した内容は高く評価されています。願わくば、彼の希望する明への留学は叶って欲しかったですね。
袋中上人が琉球を訪れたのは1603年。400年以上前、彼が故郷の踊りに経文をつけ生み出した「エイサー」は、令和の現代、日本を代表する伝統芸能に発展したのです。
マルキヨ製菓は旧盆に向けて
ご先祖様にお供えするお菓子や
お餅を準備しているところです。今年の旧盆も是非、マルキヨ製菓のお菓子をお供え下さい。特に暑さの増す8・9月ですが、沖縄県民にいい形で旧盆を執り行ってもらえるよう、準備を頑張りたいと思います!
今回はこの辺で。
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