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2つの儀【清明⑤】

2023年04月25日

こんにちは、マルキヨ製菓広報担当の仲宗根です。今日の最高気温は27度。最近はそんな日が続いており、日中に外を歩くとかなり暑いです。「夏かな」と思えるほどで、「さすがに、もう寒い日はこないだろう」と思っています。

 

先週の土曜日、無事に「浜下り」も終わり、ホッとしているところです。そして今週末からはゴールデンウィークですね。ゴールデンウィーク期間中には2つの行事に対応するマルキヨ製菓。それゆえ、今週も忙しくしております。

 

2つの行事とは「シーミー」と「子どもの日」です。県内各スーパーでは、今も「清明祭」のコーナーがあり、クヮッチーやお供え用お菓子など販売中です。「子どもの日」は5月5日、来週の金曜日にやってきます。マルキヨ製菓は「かしわ餅」をリリース予定です。

 

4月の上旬は「シーミー」に関する記事を綴ってきました。今回は「シーミー」関連記事の最終回となります。

 

バックナンバー

二十四節気の1つ「清明」は「清浄明潔(しょうじょうめいけつ)」を略した言葉。その意味は「万物が清らかで生き生きした状態のこと」となります。中国ではこの時期、墓参りをしてご先祖様に豊作祈願をします。その行事が18世紀に琉球へもたらされました。

⇒【清浄明潔

 

2023年4月4日、伊是名村の玉御殿(たまうどぅん)で「公事清明祭(クージヌシーミー)」が行われました。伊是名村ではこの「公事清明祭」が終わってから、一般のシーミーが行われる事になります。「公事清明祭」とはどんなものなのでしょうか?

⇒【公事清明祭

 

尚円王生誕の地である伊是名で公事清明祭、すなわち王家によるシーミーが行われたのは、琉球王朝が消える直前になります。何故、その時期に伊是名で公事清明祭が行われるようになったのでしょうか?

⇒【伊平屋嶋玉陵公事帳

 

第2尚氏第19代国王・尚泰(しょうたい)王の玄孫(やしゃご)にあたる尚衛(しょうまもる)さんは、首里玉陵でのシーミーを復活させるため、各所に訪れて連携を取りました。2018年、ついに尚家によるシーミーが復活しました。

⇒【王家によるシーミー

 

浦添ようどれ

琉球国の正史として編纂された「球陽」には、玉陵でシーミーを行った翌日に「浦添ようどれ」でもシーミーを行う事が記されています。「浦添ようどれ」も琉球王国の陵墓の1つで、第二尚氏第七代国王の尚寧(しょうねい)王や、尚寧王の一族が葬られています。

 

何故、尚寧王は首里玉陵ではなく、浦添ようどれに葬られているのでしょうか? 尚寧王は第6代国王である尚永(しょうえい)王に跡継ぎが出来なかったため、分家から迎えられました。

 

尚寧王在位中の1609年、琉球は薩摩侵攻を受けてしまいます。そして、彼は薩摩へと連行されてしまいました。当時、徳川幕府は第2代将軍・秀忠の時代ですが、初代将軍の家康も大御所として大きな権力をふるっていました。

 

尚寧王は、駿府(静岡)で徳川家康に、江戸では秀忠に謁見していますが、その時「薩摩の起請文(きしょうもん)」に署名させられました。これは、当時薩摩を治めていた島津氏に忠誠を誓い、琉球は薩摩の支配下になる事を認めるという内容です。

 

琉球は幕府や島津に対する責務を怠り、命に背いたため、薩摩によって征討された。琉球はいったん滅んだ事になるが、島津の恩情により奄美諸島をのぞく沖縄諸島以南を再び与えられた。この恩は子々孫々まで忘れず、決して島津氏に背く事がないようにせよ。

 

この起請文を認めようとしなかった三司官の一人・謝名親方(じゃなうぇーかた)は、薩摩で処刑されています。尚寧王は「薩摩の起請文」に署名し、その2年後、琉球へ戻されました。

 

さらに島津氏は、琉球王府を監視するための在番奉行(ざいばんぶぎょう)を今の那覇市西町に設置し、15条からなる「掟(おきて)」も定め、琉球に対する統制を強化しました。

 

薩摩侵攻を受けたり、薩摩への従属を認めたという事で、1620年に没した尚寧王は、歴代国王が眠る首里玉陵でなく、浦添ようどれに葬られる事になりました。

 

2つの儀

2018年、尚衛(しょうまもる)さんは尚家によるシーミーを復活させました。王家によるシーミーがどんなものだったのか? 失われた文献などを探し求め、40数年ぶりに玉陵でのシーミーを復活させたのです。

 

「球陽」には、玉陵でのシーミーの翌日、「浦添ようどれ」でもシーミーを行う事が記されていますが、そちらもしっかり行っています。尚衛さんを筆頭に、尚家の関係者による王家のご先祖様に対するシーミーはニュースなどでも取り上げられ、話題となりました。

 

そのシーミーの中で、尚衛さんは印象的な2つの「儀」を執り行いました。1つは「第一尚氏との和解の儀」です。尚衛さんは尚円王の血筋であり、これは琉球を統一した尚巴志の血筋とは異なります。

 

金丸がクーデターにより尚巴志の血筋を王家から排除。自らを尚円王として名乗り、琉球王朝が消滅するまで続く「第二尚氏」をスタートさせたのです。尚巴志の血筋である「第一尚氏」と、金丸の血筋である「第二尚氏」はかつて敵対関係にあったわけです。

 

この2つの血筋による遺恨を払拭すべく「第一尚氏との和解の儀」を執り行ったのです。

 

そして、もう1つ。尚寧王の時代から続いてきた島津家への従属を誓う「起請文の破棄」を宣言したのです。「薩摩の起請文」は先述の通り、琉球から見れば屈辱的な内容です。すでに江戸時代は終わり、薩摩藩や琉球王朝が消えて100年以上。

 

「薩摩の起請文」自体すでに形骸化されていたものですが、あえて破棄を宣言することで過去による両国間の確執を完全解消したわけです。「第一尚氏」と「第二尚氏」、そして「琉球」と「薩摩」の間にあった遺恨はもうありません。

 

 

シーミーを行う時期

私が子どもの頃、シーミーをゴールデンウィークにやるという人はほとんどいなかったように思えます。一般的には二十四節気の1つ「清明」から、次の二十四節気である「穀雨」までにシーミーを終えます。

 

今年(2023年)でいえば「清明」は4月5日、「穀雨」は4月20日になります。ただ、何かと忙しい現代社会。本土では旧暦で何かをする事がほとんどないため、特に内地に住む沖縄の人がシーミーで帰省するのは難しいかもしれません。

 

なので、新暦の連休であるゴールデンウィークに帰省した方が、シーミーもやりやすいでしょう。シーミーをきっかけにして家族や親戚が集まるという側面もありますので、ご先祖様を敬う気持ちを持ちつつ、親族との交流でリフレッシュ出来るといいかなと思います。

 

すでにシーミーを終えた方は3時のおやつとして、こらからシーミーだという方はご先祖様にお供えするものとして、マルキヨ製菓のお菓子やお餅をお買い求めいただければ幸いです。

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シーミー、そして子どもの日もマルキヨ製菓はお菓子をリリースします。沖縄の行事を支えるマルキヨ製菓をよろしくお願いします。

 

今回はこの辺で。

 

平日は毎日更新。Facebookもよろしくお願いします。

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