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エイサー(後編)[旧盆⑤]

2022年07月5日

こんにちは、マルキヨ製菓広報担当の仲宗根です。土日は台風の影響で少し天気は崩れたものの、大きな被害もありませんでした。台風が去ってからは、再び強い日差しと綺麗な青空が沖縄の空を彩っています。

 

マルキヨ製菓はこの1ヶ月が勝負。「三大忙しい行事」の1つである旧盆に向け、ギリギリの戦いを迫られています。ほぼ全ての原材料価格が値上がりするなど、かなり厳しい状況ですが、何とか頑張っているところです。

 

その旧盆が来る日まで、毎週火曜日はお盆関連の記事を、毎週金曜日はお供え用のお菓子を本ブログで紹介していきます。今回は前回に引き続き、エイサーについてのお話になります。

 

バックナンバー

釈迦の弟子、目連の母親はその身勝手な性格が災いして地獄へ落ちてしまいました。目連は何とか母を救うために神通力を使いますが、うまくいきません。釈迦に相談したところ、母と同じように苦しむ人も助けよとアドバイスされました。

⇒【釈迦のアドバイス

 

「盆」という言葉の由来は「逆さづり」です。「盆」が中国経由で沖縄に伝わったのは、今から1400年も前の飛鳥時代。一般庶民にこの行事が広がるのは江戸時代になってから。「ろうそく」が安価になったのが要因と言われています。

⇒【日本に盆が伝わったのは1400年前

 

「盆踊り」の起源は平安時代の「踊り念仏」。念仏を唱える事がメインの「踊り念仏」から、エンターテインメント性が強くなった「念仏踊り」に変遷。盆の時期に踊る「念仏踊り」が「盆踊り」として定着していきます。

⇒【盆踊り

 

沖縄では旧盆の時期に踊る姿をよく見る「エイサー」。その語源は「念仏踊り」を踊る際に出てくる囃子詞(はやしことば)「エイサー、エイサー、ヒヤルガエイサー」からきています。

⇒【エイサー(前編)

 

エイサーを広めた人

エイサーが沖縄に広まるきっかけを作った人物については、記録がしっかり残っています。福島県出身の僧、袋中上人(たいちゅうしょうにん)という人物です。彼はエイサーのルーツとなる踊りを、琉球の外から持ち込んできました。

 

琉球王府によって1713年に編纂された「琉球国由来記」の中には、「袋中上人が仏教文句を俗にやわらげ、初めて那覇の人々に伝える。これが念仏の始め」という記述があります。

 

これがエイサーの事であり、この記録が残されているため「沖縄にエイサーを広めたのは袋中上人である」という認識が広まりました。福島出身の袋中上人と、沖縄のつながりはどこにあるか見てみましょう。

 

まず、彼の出身である福島県には、いわき市無形民俗文化財に指定されている「じゃんがら念仏踊り」という独特の踊りがあります。毎年8月13~15日のお盆の間、いわき市を中心に亡くなった方を供養するために踊られるもので、地域の伝統芸能の1つです。

 

鉦(かね)や太鼓を打ち鳴らしながら踊る姿は、エイサーとの共通点を見いだせます。沖縄だとエイサーを踊る青年会や各種団体が多数いますが、いわき市ではこの「じゃんがら念仏踊り」を踊る団体が100以上もあります。

 

袋中上人は1603年に明(今の中国)を目指して旅立つも、上陸の許可が降りなかったため、琉球に滞在する事になりました。滞在期間は約3年間。

 

その滞在期間中、彼は「じゃんがら念仏踊り」にお経に出てくる文章や言い回しである経文(きょうもん)をつけ、琉球に広めたのです。そう、琉球のエイサーは福島県の「じゃんがら念仏踊り」にそのルーツを持つのです。

 

袋中上人が広めた「じゃんがら念仏踊り」+「経文」ですが、まずは王族・士族など高い身分の人たちを中心に広まり、後々、一般庶民に広がっていく事になります。1700年以降には、念仏を唱えて先祖供養する風習として、一般庶民にも広がっていたようです。

 

行事や風習が身分の高い人の間で広まったあとで身分が低い人たちへ広まるというのは、よくあるパターンです。前回お話ししたとおり、踊りの中で出てくる囃子詞の「エイサー」から、その言葉は生まれました。

 

袋中上人が琉球に訪れたのは1603年。彼がふるさとの踊りに経文をつけるアレンジを施して広めたエイサーは、2022年の今でも踊り続けられているのです。

 

ちなみに袋中上人が琉球を訪れた時の琉球国王は尚寧王(しょうねいおう)で、彼は袋中上人の教えに深く感銘を受けたそうです。難解な仏教の教えをわかりやすく伝えた袋中上人には、国王だけでなく多くの国民にも影響を与えました。

 

袋中上人はエイサーを伝えただけでなく、琉球の産業振興や子どもの教育発展にも尽力したそうで、身分など関係なく国民にも親しまれたと伝わります。そんな袋中上人ですが、残念ながら明に渡るという願いはかなわなかったようです。

 

チョンダラー

袋中上人は福島の「じゃんがら念仏踊り」に経文をつける事で、エイサーの起源となる踊りを確立しました。実際にその踊りを踊って広めた団体がいます。それは本土から琉球に渡ってきた念仏僧と呼ばれる人たちです。

 

この念仏僧達は琉球各地に出向き、念仏踊りを広めます。その際、一般庶民にも理解できるよう経文をつけ、歌ったり踊ったりして広めていきます。庶民に広がった踊りはやがてダイナミックになっていき、現代のエイサーへと進化を遂げる事になります。

 

念仏僧達は親孝行を説いた「継母念仏(ママウヤニンブチ)」の念仏歌を創作しています。その内容は、現代のエイサーでも歌い継がれていますよ。

 

袋中上人がエイサーの起源を持ち込みましたが、それを実演して琉球に広めていったのは本土から来た念仏僧達というわけなんですね。

 

エイサーを踊る集団の中で、白塗りメイクと面白い動きで、ひときわ目立つ存在の踊り子がいます。それが「チョンダラー」で、漢字で「京太郎」と書きます。「京太郎」は「京からやってきた者」という意味で使われ、特定の人物をさしているわけではありません。

 

※実は「京太郎」という人物がいて、念仏踊りなどの芸事を創作したという説もあります。

 

場を盛り上げる役目を担っているチョンダラーですが、全体の流れをしっかり把握・熟知し、なおかつ場を盛り上げるために動くわけですから、かなり難しいポジションです。

 

約1ヶ月後、旧盆の時には各地でエイサーを目にする事でしょう。袋中上人がエイサーの起源を伝えた事や、チョンダラーを担えるのは実力がある者だという事を意識してエイサーを見ると、今までとは違う何かを感じるかもしれませんね。

 

さぁ、沖縄はしばらく晴れ続き。熱中症対策を意識しつつ、しっかり旧盆を迎えられるようお供え用のお菓子作りを頑張りたいと思います。

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今回はこの辺で。

 

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