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雛人形は、自分の身代わりで災厄を受ける?

2017年02月23日

こんにちは、ブログ担当の仲宗根です。相変わらず忙しい日々を送っておりますが、周りにはインフルエンザにかかってしまった人もいて、気をつけたいところです。

 

さて、来週の金曜日には「ひな祭り」がやってきますね。マルキヨ製菓では、「ひな祭り」期間限定のお菓子も、来週作る予定ですよ。

 

「桃の節句」とも呼ばれる、新暦3月3日のひな祭り。一般には「女の子の行事」と言われ、ひな人形等を飾り、女の子の幸せや健康を祈る日とされています。

 

一説には、奈良時代からあると言われる行事ですが、もともとは「女の子の行事」というわけではありませんでした。

 

では、いつ頃から「3月3日、桃の節句は女の子の日」と定着していくのでしょうか? 今回はそんな「ひな祭り」について学んでいきましょう。

 

【マルキヨ製菓 CM①】

 

「ひな祭り」は別名「桃の節句」と言いますが、まずはこの呼び方の由来から。そのために、まずは「節句」についてお話ししましょう。

 

文字通り「節目」とされる日ですが、中国の陰陽五行説に由来する「五節句」がその由来とされています。

 

昔むかしの中国では、1年の中で季節の変わり目にあたるとされる日を5つ定めました。

 

1月7日:人日 (じんじつ)の節句

3月3日:上巳(じょうし)の節句  ※上巳(じょうみ)とも読む

5月5日:端午 (たんご)の節句

7月7日:七夕(しちせき)の節句

9月9日:重陽(ちょうよう)の節句

 

1月7日以外は、33,55,77,99とゾロ目ですよね。ならば1月1日を節句にしたい所ですが、さすがに年の初めにあたる1月1日は最も特別な日として、五節句からはハズれています。

 

そこで年明け7日目である1月7日を「人日 (じんじつ)の節句」と定め、その日は七草がゆを食べる日となります。

 

中国の「五節句」の中で3月3日は「上巳(じょうし)の節句」となっていますが、「桃の節句」という呼称は、いわゆる通称となります。

 

後に説明しますが、「ひな祭り」は「厄除け」の行事でもあります。そして旧暦の3月上旬は桃の花が咲く頃であり、中国では昔から「桃は悪いものをよせつけない魔除けの力がある」と信じられていた事から、「桃の節句」という呼び方が広まりました。

 

特に日本では「上巳の節句」と言われてもピンとこないでしょう。ちなみに桃の花は鮮やかなピンク色の花びらを持ち、その美しさから短歌や俳句などの多くの文学的作品で取り上げられてきました。

 

そういう点で「女の子の日」とされる「ひな祭り」を「桃の節句」と呼ぶのは、イメージとしてもピッタリじゃないかなと思います。

 

さて、次に「ひな祭り」の起源ですが、何と1700年以上も歴史をさかのぼります。3世紀頃の中国では「3月の上巳の日」に、川に入って身を清める「みそぎ」の習慣がありました。

 

(沖縄でも旧暦の3月3日は、女性が海に入って身を清める「浜下り」という行事があります)

 

ちなみに「3月の上巳の日」というのは、もともと「3月上旬の巳(み)[十二支の巳(み)]の日」をさし、当初は3月3日ではありませんでした。三国時代の魏の時代に「上巳の日=3月3日」になったそうです。 

 

中国の「みそぎ」の習慣が日本に伝わるのですが、伝わった時期はハッキリとはわかっていないそうです。一説によると奈良時代にそれが日本に伝わり、まずは宮中内、すなわち貴族達の間で広がっていきます。

 

しかし彼らは「水に入るのと寒い」という事で、「ならば身代わりを立てよう」という行動に出ます。「寒いなら、やらなければいいのに」と個人的には思いますが、当時は中国の文化を真似る事で、「自分、イケてる!」と誇示したかったのでしょう。

 

木やワラを人の形にし、それを自分の身代わりとして川に投げ入れ、「みそぎ」を行いました。自分は寒い思いをしてないので、これで本当に「みそぎ」と呼べるのかと思う人もいるでしょうが、当時の人はきっと真剣だった事でしょう。


 

この身代わりになった「木やワラで出来たもの」を「人形」と書いて「ひとがた」と呼びます。平安時代になると公式な役職でもあった陰陽師が、人形(ひとがた)を紙で作り、それが広まっていきました。


 

現在でも鳥取県や奈良県などでは、「流し雛(ながしびな)」という行事が行われています。人形(ひとがた)を川や海に流して、自分の代わりにみそぎとして厄払いをする、まさに「ひな祭り」の起源となる行事です。

 

「流し雛」は源氏物語(須磨の巻)にもその描写が出てくるので、その歴史は実に1000年以上というわけです。

 

この時点では特に「女の子の行事」というわけではなく、いわゆる貴族階級の宮中行事という位置づけでした。この「人形(ひとがた)」は、雛人形の起源の1つになりますが、他にも雛人形の起源となるものがあります。

 

平安時代、貴族の娘達のあいだで「紙人形」を使った「おままごと」が流行しました。この紙人形の事を「雛(ひいな)」と呼び、それを使ったおままごと等の遊びを「雛(ひいな)遊び」と言いました。

 

先ほど述べた「流し雛(ながしびな)」の「雛」は、ここから来ています。

 

さらに「雛(ひいな)遊び」とは別に、「天児(あまがつ)」や「ほう子」と呼ばれる(こちらは布製)の人形がありまして、それを赤ん坊の枕元に置くという風習がありました。

 

赤ん坊の遊び道具としてだけでなく、子供の代わりに悪いものを受け止めてくれる、まさに「人形(ひとがた)」の役割を担っていました。

 

まとめますと、自分の身代わりにみそぎをしてくれる「人形(ひとがた)」、おままごとに使う紙人形「雛(ひいな)」、さらには赤ん坊の守り役的存在の「天児(あまがつ)」や「ほう子」という布製人形、これらがコラボして「雛人形(ひなにんぎょう)」の起源となったようです。

 

ただ、平安時代の時点では「雛人形」を飾り「ひな祭り」を祝うという、今の形態は出てきません。今の形の「ひな祭り」が出始めるのは、さらに500年も後の戦国時代~江戸時代からとなります。

 


【マルキヨ製菓 CM②】

 

まだまだ話は続くのですが、長くなりそうなので今回はここら辺りで止め、次回のブログでその続きをお話しするとしましょう。

 

マルキヨ製菓では「ひな祭り」期間限定お菓子として、「ひしもち」と「桜もち」を作ります。もちは賞味期限が短いため、「ひな祭り」数日前から作る事になります。

hisi_3というわけで、こちらは去年撮影した「ひしもち」の写真です。そして

DSCN2136「桜もち」。う~ん、美味しそう!

 

2月27日のブログでは、今回の「ひな祭り」の歴史のお話の続きを。そして、3月2日のブログでは、「ひしもち」「桜もち」の紹介をする予定です。

 

気がつけば、2月もあと5日で終わり。今年も2ヶ月が終わろうとしているかと思うと、焦りを感じてしまいます。

 

2月25日は国公立大学の入試試験があります。そして3月には高校入試もあります。私の親戚や知り合いの中にも受験生がいますから、是非とも頑張って合格を勝ち取って欲しいですね。

 

私は私のこなすべき仕事を、頑張って片付けていくだけです。

 

今回はこの辺で。

mozu08

 

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